法科大学院生。
 それは、司法制度改革の罠にはめられ、合格者数三千人の幻に踊らされ、学部よりもはるかに高い学費を支払いながら、三振しても終わり五年経っても終わり、下位ローなら合格しても就職難な世界へ飛び込むために、貴重な二年乃至三年を棒にふることを選んだ、かなりギャンブラーでアホーな集団のことである。
 ま、あたしもその一人なんだけど。
 あたしの名前は西園寺杏子。M大学法科大学院既習二年生。絶賛、落ちこぼれ。
 M大学既習七期生、縮めてMK7。MajiでKoiする7秒前。
 恋するまでのカウントダウン微妙に長いし、古いしあれだけど、でも確かに言い出した人はいいこと言った!! って思う。
 幼なじみで親友のこずちゃんは、あたしのことを惚れっぽいって怒る。
 違うよ、世の中がかっこいい人であふれ過ぎなんだよ。人生いつだってどこだって、恋すればすべてでしょう? そこに論理なんてないでしょう?

 まあ、確かに幼稚園のころのツトム君に始まり、好きな人は毎年変わって来たけれども。流石にそれは高校までの話だし。
 ツトム君なー、もう全然顔も覚えてないけど、優しかったよなー。ダンゴムシ超くれたよなー。今思うと何が嬉しかったのかわかんないけど。
 高校のときは一年の頃はサッカーが上手だった清水君に球技大会の時に惚れて、二年の時にバスケ部のエースの塚本君に惚れて、三年の時は隣の席の榊原君が今までにいないタイプで惚れて。……おめでたいな、我ながら。
 法科大学院というのは、そもそも、新司法試験合格を目指す人たちの集まりな訳で。特に今年の合格発表があって、うちの学校はがくっと合格率を落としてわたわたしているわけなんだけれども。だから本来、勉強しなければいけないのだけれども。

「ヒロ君、おつかれさま!」
 廊下であった意中の彼ににっこり微笑んでみせる。
 彼は片手をふって微笑んだ。
 自習室で彼は耳栓を付けたまま廊下を歩き回るから、言葉を交わすことはあまりない。でもあの、笑顔に癒される。ついでにいうなら、勢い良くふる右手も可愛い。
 いやー、三日ぶりにあえてよかった、すれ違っただけだけど。

 こずちゃんはあたしのことを惚れっぽいっていうけれども、だから本来勉強しなければならないんだけれども、労働法の先生は恋人が居る人は別れなさいって言ってたらしいけれども、恋愛のない人生なんて退屈じゃない?
 こっそり振り返り、ヒロ君の後ろ姿を見送る。
 同じクラスの子で食べた余ったお菓子をあげたら、次の日には机の上に「ありがとう、うまかったです」のメモ。おそらく熊だと思われるもののイラスト付き。
 毎日の手作りのお弁当。世界的に有名な鼠のお弁当箱、同じく黄色い熊の箸箱。
 なんていうか、もう可愛すぎるだろう!
 足取りが自然に軽くなる。

 空色の六法を胸に抱えて、ゆるむ口元を必死に抑える。
 ああだって、確かに勉強しなければ行けないんだけれども、だからってとめられないのだ。法律にだってとめられない。
 この胸の高鳴りは!!